斎藤芳之都(読み)さいとう よしのいち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「斎藤芳之都」の解説

斎藤芳之都 さいとう-よしのいち

1847-1921 明治-大正時代箏曲(そうきょく)家。
弘化(こうか)4年10月1日生まれ。4歳のとき失明し,箏・三味線をならう。維新後,関西を中心に組織された仁康教会音楽部の山陽・山陰地区総括者となり,岡山県支部長もかねた。門人米川琴翁,大月忠道らがいる。大正10年9月10日死去。75歳。備中(びっちゅう)(岡山県)出身本名は好郎。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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