日本大百科全書(ニッポニカ) 「旅学問」の意味・わかりやすい解説
旅学問
たびがくもん
昔話。ものを知らない人が知ったかぶりをして失敗することを主題にする笑話の一つ。村人が上方(かみがた)見物に行き、意味を取り違えてことばを覚えてくる。父親が柿(かき)の木に登って落ちる。頭を石に打ちつけて血が流れる。医者のところへ行き、旅で覚えてきたことばを使う。「親爺(おやじ)が柿の木に上洛(じょうらく)して(登って)、下洛して(落ちて)魚頭(ぎょとう)(頭)をエンヤコラのドッコイショ(大石)に打ちつけ、朱膳朱椀(しゅぜんしゅわん)(赤いもの)が流れたから、薬を愛宕(あたご)山に初穂(ください)」という。医者にはなんのことかわからない。「愛宕山に初穂」は、愛宕山の山伏が門付(かどづけ)をして喜捨(きしゃ)を請うときの口上である。医者が身近にいない時代を背景にして、手紙を候(そうろう)文体で書いたとする類話も多い。
木から落ちる話と馬から落ちる話に二大別できるが、柳亭種彦(りゅうていたねひこ)の『柳亭記』に前者の例が、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)の『岐蘇(きそ)街道続膝栗毛(ぞくひざくりげ)』に後者の例がみえている。江戸時代からよく知られた笑話の一つである。早合点で物の名を間違えて理解するという趣向の笑話はインドやロシアなど外国にも知られており、日本にも古くからある。江戸初期の『醒睡笑(せいすいしょう)』には、年頭の礼に扇を持参したところ「五明(ごめい)」(扇のこと)はありがたいと礼をいわれたので、正月の礼に持って行く物を「五明」とよぶと誤解する話がある。落語の『お家も繁昌(はんじょう)』(東京では『上方見物』)もこの昔話の典型的な類話である。演題の『お家も繁昌』は、物ごいの口上を「ください」の意味に用いたのに由来する。この話の興味の焦点は、誤解したことばの文章にあるが、結びが門付をする宗教家や芸人の口上と同じであるところに、ひとしおのおかしみがあったのであろう。
[小島瓔]