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日根野吉明 ひねの よしあきら

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

日根野吉明 ひねの-よしあきら

1587-1656 江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)15年生まれ。日根野高吉(たかよし)の子。慶長5年父の急死で信濃(しなの)(長野県)高島城主となる。7年下野(しもつけ)(栃木県)にうつされ,壬生(みぶ)藩主。1万900石。寛永11年豊後(ぶんご)(大分県)府内2万石に転封(てんぽう)される。明暦2年3月26日死去。70歳。継嗣がなく,死後領地を没収された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ひねのよしあきら【日根野吉明】

1587‐1656(天正15‐明暦2)
江戸初期の武将。幼名は徳太郎。織部正を名のる。高吉の子で1600年(慶長5)信濃高島城2万8000石の遺領を継ぐ。02年1万5000石に減知され下野壬生城へ移領。15年(元和1)の大坂夏の陣では本多正信と同じく第3隊に列して軍功をあげた。34年(寛永11)豊後府内2万石に転封。56年府内で死去。継嗣がなく断絶。【細溝 典彦】

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世界大百科事典内の日根野吉明の言及

【壬生[町]】より

…15世紀中ごろ土豪壬生氏が城を構えたが,1590年(天正18)小田原征伐で滅亡した。1602年(慶長7)日根野吉明(1万0900石)が城を再興し,17年(元和3)日光造営工事の副奉行をつとめた。城主は阿部忠秋,三浦正次をはじめ,松平(大河内)輝貞,加藤明英と頻繁に代わり,1712年(正徳2)鳥居氏が3万石で入り幕末に至った。…

※「日根野吉明」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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