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日静 にちじょう

美術人名辞典の解説

日静

鎌倉後期・南北朝時代日蓮宗の僧。京都本国寺六世。駿河生。諱は日乗、字は豊龍、妙龍院と称す。駿河本覚寺日位・鎌倉本勝寺日印に師事する。のち京都六条堀川に本国寺を建立、甥と伝えられる足利尊氏らの帰依を得、また光明天皇から日蓮正嫡の綸旨を受けて宗風宣揚につとめ、六条門流の基を開いた。正平24年(1369)寂、72才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

日静 にちじょう

1298-1369 鎌倉-南北朝時代の僧。
永仁(えいにん)6年生まれ。日蓮宗。六条門流の祖。駿河(するが)(静岡県)本覚寺の日位,鎌倉本勝寺の日印に師事。のち京都六条に本国寺(のちの本圀寺)をひらき,足利尊氏の帰依(きえ)をうけて同寺を発展させた。応安2=正平(しょうへい)24年6月27日死去。72歳。駿河出身。俗姓上杉。号は妙竜院。著作に「六条要文」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

日静

没年:応安2/正平24.6.27(1369.7.31)
生年:永仁6(1298)
鎌倉後期から南北朝時代の日蓮宗の僧。妙竜院と号す。伝えによれば,父は上杉氏,母は足利氏で,足利尊氏の叔父というが疑わしい。摩訶一房日印に師事し,鎌倉本勝寺,越後本成寺を譲られるが,暦応1(1338)年日印の弟子日祐に招かれて上洛,足利家の外護を受け本勝寺を六条堀川に移して本国寺(のち本圀寺)と号す。京都弘通(仏法を広める)の先駆者の日像が妙顕寺に拠ったのに対し,日静はこの本国寺を拠点に布教活動を展開した。京都本圀寺の開山とともに,六条門流の祖といわれる所以である。弟子に建立院日伝,円光房日陣がいる。<参考文献>立正大学日蓮教学研究所編『日蓮教団全史』上

(佐々木馨)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

にちじょう【日静】

1298‐1369(永仁6‐正平24∥応安2)
南北朝時代の日蓮宗の僧。駿河国(静岡県)加島に生まれた。俗姓は上杉氏,妙竜院と号する。駿河本覚寺日位について出家,のち摩訶一房日印に師事した。師日印は日朗(にちろう)没後,鎌倉に本勝寺を建てたが,これを日静に付して越後に帰り,1328年(嘉暦3)その死に臨んで,さらに越後本成寺を付属した。そのころ,上洛弘通(ぐづう)していた日印の門下日祐に招かれて上洛した。45年(興国6∥貞和1)本勝寺を京都六条に移して本国寺(本圀(ほんこく)寺)と号し,足利尊氏との俗縁により公武の外護(げご)を得て盛んに法陣を張り繁栄を示した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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