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明和の大津波 メイワノオオツナミ

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デジタル大辞泉の解説

めいわ‐の‐おおつなみ〔‐おほつなみ〕【明和の大津波】

明和8年(1771)4月24日、石垣島南南東沖を震源とする八重山地震に伴い発生した大津波。最大波高は30メートル以上で、石垣島では80メートルの高所にまで波が及んだといわれている。→八重山地震

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

明和の大津波

1771(明和8)年の旧暦3月10日午前8時ごろ、石垣島の南東沖が震源とみられる地震が起きた。津波は石垣、小浜、西表などの島々を襲い、石垣島だけで人口約1万7千人の半数が失われた。当時、島々には人頭税が課せられていたため、人的被害を細かく把握できたとされる。古文書の形行書には、津波は宮良村で標高85メートルにまで達し、「村は跡形も残さずに引き崩されて石原になった」とある。

(2011-09-25 朝日新聞 朝刊 1社会)

出典|朝日新聞掲載「キーワード」
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世界大百科事典内の明和の大津波の言及

【八重山地震津波】より

…その結果,まもなく未曾有の大津波が八重山・宮古両列島(現,沖縄県)の島々村々を襲った。津波の被害が甚大で,〈明和の大津波〉とも呼ばれる。当時の記録《大波之時各村之形行(なりゆき)書》には,地震直後石垣島の東海に雷鳴のような轟音(ごうおん),そして退潮現象,東北・東南海上に黒雲のように波が翻り立った,という異常現象のあったことを伝えている。…

※「明和の大津波」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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