時水城跡(読み)ときみずじようあと

日本歴史地名大系 「時水城跡」の解説

時水城跡
ときみずじようあと

[現在地名]小千谷市時水

時水の集落の西方山地、現刈羽郡小国おぐに町境にある。じよう(三八四メートル)山頂の本丸跡に立てば、魚沼谷と刈羽郡の小国谷を一望に見下ろす。本丸から三方に延びる正三角形に近い稜線に二十数ヵ所の大小の曲輪があり、その間に空堀・土塁が構築される。主郭は南北約六〇メートル、東西約二五メートルに削平され、北東側に土塁があり、中央に石仏が安置される。東側へ下る尾根に帯曲輪があり、時水集落への小径に連なる。北側は断崖となって落込み空堀となる。この先は削平された土塁状の尾根道となるが、途中に土塁に囲まれた凹地がある。これは降雪時に雪を貯蔵して、萱などで遮蔽し、夏季の飲料に供した氷室(雪穴)であろう。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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