曾保(読み)そねほ

日本歴史地名大系 「曾保」の解説


そねほ

近世射水いみず三日曾根みつかそね村・四日曾根よつかそね村、中曾根なかそね(現高岡市)を遺称地とし、その一帯に比定される。四箇しか保の内。「吾妻鏡」延応元年(一二三九)七月二五日条によると、前年一一月越中国東条とうじよう河口かわぐち・曾禰、八代やしろ(現氷見市)の四箇保地頭らは九条道家に、京都東福寺領として京上年貢一〇〇石の地頭請所契約でその所職を寄進している。九条家の支配はやがて不安定化し、以後守護方の影響が顕著となり、鎌倉後期から南北朝期には幕府と深い関係をもつ奈良西大寺末禅興ぜんこう(現廃寺)が曾禰地内に設立された(明徳二年九月二八日「西大寺諸国末寺帳」西大寺二聖院文書)



そねほ

現平生町の曾根辺りと思われる国衙領

文治二年(一一八六)周防の国衙領は東大寺造営料となる。貞和五年(一三四九)の右馬助某奉書案(東大寺文書)に、

<資料は省略されています>

とみえる。治田親尚の訴えにより、幕府は厚東氏を通じて目代の曾禰保半分地頭職を押領することをとめ、親尚に返還させるよう命じたものである。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

仕事納

〘 名詞 〙 年の暮れに、その年の仕事を終えること。また、その日。《 季語・冬 》[初出の実例]「けふは大晦日(つごもり)一年中の仕事納(オサ)め」(出典:浄瑠璃・新版歌祭文(お染久松)(1780)油...

仕事納の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android