曾谷宗祐(読み)そだに そうゆう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「曾谷宗祐」の解説

曾谷宗祐 そだに-そうゆう

1539-1631* 織豊-江戸時代前期の医師
天文(てんぶん)8年生まれ。曾谷寿仙の跡をつぐ。外科医として徳川家につかえ,慶長18年家康の腫瘍(しゅよう)を針治療でなおした。元和(げんな)元年200石をあたえられる。後陽成天皇病気を治療し,2年法眼となる。6年秀忠(ひでただ)の腫物(はれもの)を治療した。寛永7年12月15日死去。92歳。通称は伯安。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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