最徳寺(読み)さいとくじ

日本歴史地名大系 「最徳寺」の解説

最徳寺
さいとくじ

[現在地名]猪名川町広根 南后久

后宮山と号し、浄土真宗本願寺派本尊阿弥陀如来。寺伝に本願寺八世蓮如逗留の伝承があり、杖と笠を保存する(兵庫県史)開基多田満仲の落胤厨子王丸という。当寺過去帳では一如尼を開基とする。もと真言宗で、中興の永明(応永四年一〇月二七日没)興正こうしよう(現京都市下京区)八世源鸞(仏光寺祖了源長子)の教化を受け改宗仏光ぶつこう寺系真宗寺院となる。文安五年(一四四八)頃、貫明の代に蓮如に帰依し常随弟子となり(「最徳寺記録」兵庫県史)、興正寺系となり、江戸期を通じ興正寺末であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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