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月渚永乗 げっしょ えいじょう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

月渚永乗 げっしょ-えいじょう

1465-1541 室町-戦国時代の僧。
寛正(かんしょう)6年生まれ。臨済(りんざい)宗。肥後(熊本県)でまなび,日向(ひゅうが)(宮崎県)で桂庵玄樹(けいあん-げんじゅ)に師事,その法をつぐ。のち日向竜源寺,安国寺などの住持。大永(たいえい)3年大内義興(よしおき)が派遣した遣明使の副使となる。玄樹の朱子学(薩南学派)をひろめた。天文(てんぶん)10年2月9日死去。77歳。薩摩(さつま)(鹿児島県)出身。法名は別に玄乗,玄得。別号に宿蘆斎。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

月渚永乗

没年:天文10.2.9(1541.3.6)
生年:寛正6(1465)
室町後期の臨済宗の僧。諱は英乗とも書き,また玄乗とも称した。別号は宿蘆斎。薩摩(鹿児島県)の人。はじめ肥後(熊本県)清源寺の栖碧に参随し,明応6(1497)年に日向(宮崎県)で桂庵玄樹に師事,その法を嗣いだ。のち同国竜泉寺,安国寺の住持となり,島津氏に重んじられた。大永3(1523)年には遣明副使になっている。また桂庵から受け継いだ薩南学派の儒学の伝播に努め,法甥の一翁玄心およびその弟子の文之玄昌と共に,薩南学派を大成せしめたひとりとされている。<参考文献>武藤長平「桂庵禅師と薩藩の学風」(『歴史地理』21巻2号)

(石井清純)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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