戯曲形式で書かれたスペインの小説。正式の題名を《カリストとメリベーアの悲喜劇La tragicomedia de Calisto y Melibea》という。現存する最古の版(1499,ブルゴス)では16幕,1502年以後の版では21幕からなる。作者については謎に包まれた部分が多いが,現在では全21幕のうち第1幕以外はすべて,ユダヤ人の改宗者フェルナンド・デ・ロハスFernando de Rojas(1465ころ-1541)の手になるものであることが確実視されている。
若い貴族カリストは,メリベーアの美しさの虜となる。二人の仲をとりもった老婆セレスティーナはその報酬として金の鎖を受け取るが,これを見たカリストの召使たちは強欲にかられて老婆を殺す。2人の召使は司直に捕らえられて死刑に処せられる。一方,メリベーアとの逢瀬を楽しんでいたカリストは街路の物音を確かめるため外に出ようとして,梯子から足を踏みはずして転落死する。悲嘆にくれたメリベーアは塔の上から身を投げて死ぬ。かくして〈恋に狂った者への戒め〉という教化的意図は達せられるのであるが,この作品の最大の魅力は人間心理の洞察に,そしてそれに基づく性格描写にある。特にセレスティーナと売春婦たちをはじめとする下層民の姿は的確な言語表現を得てみごとに描き出されている。そして,改宗ユダヤ人ロハスの精神的苦悩の反映に違いない徹底した厭世的リアリズムは,1500年当時のヨーロッパでは比類のないものであり,これが後のヨーロッパのリアリズムに大きな影響を及ぼしたのは当然であった。
執筆者:牛島 信明
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スペインの小説。正式の題名は『カリストとメリベアの悲喜劇』で、一般には登場人物の名に由来する『ラ・セレスティーナ』で知られている。もっとも古い版(1499)では16幕、その後の版では21幕からなる対話体の小説で、作者は不詳だが、第二幕から第六幕までをフェルナンド・デ・ローハス(?―1541)が書いたのは確かである。青年貴族カリストと豪商の娘メリベアの悲恋が中心で、改宗ユダヤ人の主人公ローハスの厭世(えんせい)観を基調とした冷徹なリアリズムによって、奸知(かんち)にたけた老婆セレスティーナをはじめとする下層階級の人々の性格が活写されている。近代的写実主義の先駆的な作品として、後世に大きな影響を与えた。
[桑名一博]
…次に現れるのは,15世紀のゴメス・マンリーケGómez Manrique(1412?‐90)のものである。フェルナンド・デ・ロハス作の《セレスティーナ》(1499版,1502版)は,演劇と小説に大きな影響を残し,16世紀中ごろまでにこれを模倣した作品が数多く現れた。トーレス・ナアロは写実性の強い風俗劇を残しているが,これも《セレスティーナ》に源を発している。…
…また8音節の詩行からなり偶数行のみが脚韻をふむスペイン独特の詩様式,〈ロマンセ〉が生まれたのもこの時期である。小説の分野では,次の世紀に大流行する騎士道物語や感傷小説が書かれるようになったが,後世に圧倒的影響を及ぼしたのは,フェルナンド・デ・ロハスFernando de Rojas(1465ころ‐1541)作の《セレスティーナ》の名でよく知られる《カリストとメリベーアの悲喜劇》(1499)である。この作品は若い男女の悲劇的恋愛をテーマにしているが,その魅力は人間の心理的洞察の深さにある。…
…こうした社会風刺は別に16世紀のスペインを待つまでもなく,ローマのペトロニウスの《サテュリコン》をはじめとして,いつの世にもありうるものであり,いわゆる〈悪者小説〉的な作品,あるいはその先駆となるものは数多くあろう。とくに,社会の下層階級の人々をリアルに描く伝統のあったスペイン文学には,J.ルイスの《よき愛の書》やフェルナンド・デ・ロハスの《セレスティーナ》といった,直接的な先駆というべき傑作がすでにあった。しかし厳密な意味での〈悪者小説〉は,1554年に出た作者不詳の《ラサリーリョ・デ・トルメスの生涯》をもってその嚆矢(こうし)とするというのが定説である。…
※「セレスティーナ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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