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有厳 ゆうごん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

有厳 ゆうごん

1186-1275 鎌倉時代の僧。
文治(ぶんじ)2年生まれ。律宗。大和(奈良県)西大寺の戒如(かいにょ)にまなぶ。嘉禎(かてい)2年(1236)叡尊,覚盛(かくじょう),円晴とともに名目化していた受戒を復興するため,東大寺で具足戒を自誓受戒する。寛元2年覚如と宋(そう)(中国)にわたり,律に関する書をもたらす。帰国後,唐招提(とうしょうだい)寺にはいり,西方院をたてた。建治(けんじ)元年11月11日死去。90歳。字(あざな)は長忍。号は慈禅,如願。法名は「うごん」ともよむ。

有厳 うごん

ゆうごん

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
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朝日日本歴史人物事典の解説

有厳

没年:建治1.11.11(1275.11.29)
生年:文治2(1186)
鎌倉時代の律宗の僧。「ゆうごん」ともいう。唐招提寺西方院を拠点とした斎戒衆(律宗の下級僧侶)の祖。字は長忍房,慈禅房とも。嘉禎2(1236)年,円晴,覚盛,叡尊と共に東大寺法華堂で自誓受戒を受け,南都における中世戒律復興運動の草分けひとりとなった。寛元2(1244)年から宝治2(1248)年には入宋して律三大部を日本にもたらした。しかし,正式の出家者の戒である比丘戒を捨て,在家の人が保つ斎戒のみを持して唐招提寺に西方院を建てたため,道を退いて堕落したと非難された。彼が建てた西方院は唐招提寺の墓所として,同寺の葬祭活動に際して,葬送に従事する斎戒衆の拠点となった。<参考文献>細川涼一『中世の律宗寺院と民衆』

(細川涼一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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