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朕は国家なり ちんはこっかなりL'État, c'est moi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

朕は国家なり
ちんはこっかなり
L'État, c'est moi

フランス国王ルイ 14世が宣言したといわれ,絶対主義王制を象徴する言葉として知られる。彼は最高国務会議,顧問会議を主宰し,国内のいかなる独立的権力も容認せず,行政,統帥,外交の全権を掌握したが,さらに,高等法院権威が王の権威に対立するものと考えられるかぎり,国家に悪影響を生ぜしめるとして,高等法院を自己の権威のもとに屈服させた。この言葉もそのときに発言されたものとして伝えられている。

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デジタル大辞泉の解説

朕(ちん)は国家(こっか)なり

《〈フランス〉L'État, c'est moi.》私は国家そのものである。ルイ14世の言葉で、17世紀フランスの絶対主義を象徴する。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

世界大百科事典内の朕は国家なりの言及

【ルイ[14世]】より

…マザランが没した翌61年から親政を開始した。〈朕は国家なり〉という彼の言葉が示すように,ルイ14世は国務に関するすべての決定を自ら行おうと努め,同時に手足となる官僚機構の整備に力を注いだ。中央では宰相制を廃止,国王自ら臨席する最高国務会議の権限を強化し,地方では,国王の直轄官僚である〈地方長官(アンタンダン)〉の制度を確立した。…

※「朕は国家なり」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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