法に関する格言およびことわざ。ローマ法以来,各時代の各法社会において多くの法諺が生み出され,語り継がれてきている。その内容は多種多様であり,(1)具体的・特殊的な法準則を定式化するもの,(2)抽象的・一般的な法原則を表明するもの,(3)法一般や法的諸価値についての哲学的思想を述べるもの,(4)法的諸概念を定義したり,法解釈の方法を示すもの,(5)法源を示したり,法衝突の解消基準を示すもの,などがある(この分類は厳密な基準によるものではなく,網羅的でもない)。例えば,(1)には〈ただ1人の証人は無証人であるTestis unus testis nullus.〉,〈始期は期間に算入されないDies a quo non computatur in termino.〉,〈売買は賃貸借を破るKauf bricht Miete.〉など,(2)には〈法律なければ刑罰なしNulla poena sine lege.〉,〈何人も思考のために罰を受けないCogitationis poenam nemo patitur.〉,〈不可能なものは債務とならないImpossibilium nulla obligatioest.〉など,(3)には〈悪法も法なりDura lex,sed lex.〉,〈正の極は不正の極Summum jus,summa injuria.〉,〈正義とは各人に彼の権利を帰する恒常不断の意志であるJustitia est constans et perpetua voluntas jus suum cuique tribuendi.〉など,(4)には〈重大な不注意は過失であり,重大な過失は悪意であるMagna neglegentia culpa est:magna culpa dolus est.〉,〈行為は無効となるよりもむしろ有効となるように解釈さるべきであるActus interpretandus est potius ut valeat quam ut pereat.〉,〈より多くを許された人はより少ないことを許さるべきであるNon debet,cui plus licet,quod minus est non licere.〉--いわゆる〈勿論解釈〉の原理など,(5)には〈慣習はもう一つの法律であるConsuetudo est altera lex.〉,〈後法は前法を廃すLeges posteriores priores contrarias abrogant.〉などが含まれる。
歴史的に見ると,法諺はまず共和制末期以降のローマで発達した。ローマが農業に基盤をもつ都市国家から商業国家,世界国家に発展していく過程で,ローマ法も発展成長したが,かかる法形式に貢献した法学者たちの学説が法諺の一つの重要な源泉をなす。ローマ法学が国家権力と結合して隆盛をきわめた古典期には,法諺も著しく発達し,ローマ法の内容を直接・間接に規定した。ローマ法学はいったん衰退した後,東ローマ帝国で,政治から離れた純学問的探究としてふたたび成長し,さらに多くの法諺を生み出した。6世紀の《ユスティニアヌス法典》,とくに学説彙纂Digestaは8世紀間にわたるローマ法学の歴史の中で作られた多くの法諺を収めている。不文の慣習法が支配したゲルマン法社会も独自の法諺を数多く生んだ。不文法の存在を支える人々の共通の法的確信を形成・維持するうえで,記憶・伝承の容易な詩的スタイルの法諺は不可欠であった。
法諺の規範的性格や機能を一般化して述べるのは不可能である。しかし,各法社会で長い歴史を経て継承されてきた法諺は当該社会の法文化の重要な一部をなしており,現に妥当する法そのものではない場合でも,かかる法の運用に大きな影響を与えうるといってよい。
執筆者:井上 達夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
法原則を諺(ことわざ)の形で言い表したもの。法格言ともいう。「法は善と衡平(こうへい)の術なり」Ius est ars boni et aequi.(ラテン語。以下同)のような抽象的なものから、「合意は拘束する」Pacta sunt servanda.、「悪法も法なり」Dura lex, sed lex.、「後法は前法を廃す」Lex posterior derogat priori.のような法の一般原則を述べるもの、「疑わしきは被告人の利益に」In dubio pro reo.、「沈黙する者は同意するものとみなされる」Qui tacet, consentire videtur.など各法領域に関する原則などがある。「従物は、主物の処分に従う」(民法87条)など、法格言がそのまま条文となる場合もあるが、法格言だからといってつねに正しいとは限らない。
[長尾龍一]
『柴田光蔵著『法格言ア・ラ・カルト――活ける法学入門』(1986・日本評論社)』
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