木下哲三郎(読み)きのした てつさぶろう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「木下哲三郎」の解説

木下哲三郎 きのした-てつさぶろう

1853*-1907 明治時代司法官
嘉永(かえい)5年12月生まれ。司法省法学校でフランス法学をまなぶ。明治24年来日中のロシア皇太子を負傷させた大津事件裁判にあたり,大審院判事として判決にかかわった。明治40年7月30日死去。56歳。肥後(熊本県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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