コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

木村九蔵 きむら くぞう

2件 の用語解説(木村九蔵の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

木村九蔵 きむら-くぞう

1845-1898 明治時代の養蚕改良家。
弘化(こうか)2年10月10日生まれ。武蔵(むさし)児玉郡(埼玉県)の木村家の養子となる。実兄の高山長五郎とともに養蚕の研究にとりくみ,明治5年温暖飼育法を考案。10年養蚕改良競進組(のち競進社)を組織し,養蚕技術の改良と普及につとめる。14年新蚕種「白玉新撰」を創出した。明治31年1月29日死去。54歳。上野(こうずけ)(群馬県)出身。旧姓は高山。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

木村九蔵

没年:明治31.1.29(1898)
生年:弘化2.10(1845)
明治時代の養蚕改良家。上野国緑野郡高山村(群馬県藤岡市)の豪農高山寅蔵(寅三)の5男。母さよ。養蚕改良結社高山社を組織した高山長五郎の実弟。武蔵国児玉郡新宿村(埼玉県神川村)の木村家の養子となる。明治10(1877)年には養蚕改良競進組(のちの競進社)を組織して「一派温暖育」と称する飼育法の伝教に力を注ぎ,また政府の命を受けてヨーロッパ蚕糸業の視察も行うなど,養蚕技術の改良と普及に活発な活動を行った。兄長五郎の活躍に刺激され,高山社と競いながら切磋琢磨したのである。競進社模範蚕室は埼玉県に現存している。<参考文献>村松敏「『蚕飼の鑑』解題」(『明治農書全集』9巻)

(松村敏)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の木村九蔵の言及

【児玉[町]】より

…中心集落の児玉は小山川(身馴川)の扇状地上にあり,谷口集落として起こった。江戸時代は絹,穀物などを取引する市場町として栄え,明治時代には木村九蔵(1845‐96)が競進社蚕業学校(現,児玉農工高校)を創設し,蚕業教育に尽力した。現在は野菜と酪農が行われる。…

※「木村九蔵」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

木村九蔵の関連キーワード上野三碑草山貞胤斎藤香玉高山長五郎徳江八郎仁保清作町田菊次郎山村登久山村友五郎(2代)山村れん

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone

木村九蔵の関連情報