本多信俊(読み)ほんだ のぶとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「本多信俊」の解説

本多信俊 ほんだ-のぶとし

1535-1582 戦国-織豊時代武将
天文(てんぶん)4年生まれ。徳川家康の臣。本能寺の変の直後,甲斐(かい)をおさめていた織田信長の臣河尻秀隆(ひでたか)のもと使者としておもむいたが,武田遺臣の蜂起に通じているとうたがわれ,天正(てんしょう)10年6月10日殺された。48歳。通称は百助。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む