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本間游清 ほんま ゆうせい

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

本間游清 ほんま-ゆうせい

1781-1850 江戸時代後期の国学者,医師。
天明元年生まれ。村田春海(はるみ)に国学と歌道をまなぶ。医と歌道をもって伊予(いよ)(愛媛県)吉田藩につかえた。平田篤胤(あつたね),伴信友(ばん-のぶとも)とともに和学三大家と称された。嘉永(かえい)3年8月16日死去。70歳。字(あざな)は士竜。号は九江,眠雲,潜斎,消閑子。著作に「潜斎医説」「みつのなかめ」など。

出典|講談社
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朝日日本歴史人物事典の解説

本間游清

没年:嘉永3.8.16(1850.9.21)
生年:安永5(1776)
江戸後期の歌人,国学者。字は士竜,号九江,眠雲,消閑子など。享年70歳説あり,没日も種々の異説がある。伊予(愛媛県)吉田藩医(江戸詰)。村田春海に師事し,歌人として高く評価された。『九江詠草』その他がある。しかし游清の主著となると,まず『耳敏川』に指を屈すべきである。近世後期の江戸国学界に関する情報の宝庫で,宇和島藩主伊達家に自筆稿本が献上されていたが,現在は伝わらず,一部を写本で知るのみとなったのは遺憾である。游清の伝の不明瞭さも主著の散逸によるところが大きい。

(久保田啓一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ほんまゆうせい【本間游清】

1781‐1850(天明1‐嘉永3)
江戸末期の国学者。字は士竜,号は九江。伊予吉田藩医で,江戸に住した。漢学,本草学を修める一方,村田春海に入門して国学和歌を学ぶ。儒医とは別に,歌学をもって藩に仕え,当時,江戸派のなかでも有数の歌人と仰がれた。またその門下から優秀な人材が輩出した。著述に《みつのなかめ》《もとかしは》《耳敏川(みみとがわ)》《ひたたれ考》などがあるが,主著《動植和訓古義》は今伝わらない。【鈴木 淳】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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