日本大百科全書(ニッポニカ) 「杉本博司」の意味・わかりやすい解説
杉本博司
すぎもとひろし
(1948― )
写真家、美術作家。東京都生まれ。1970年(昭和45)立教大学経済学部を卒業後、渡米。ロサンゼルスのアート・センター・カレッジ・オブ・デザインで写真を学び、74年ニューヨークに移住。当時のアメリカ美術のメイン・ストリームを形づくっていたミニマル・アートやコンセプチュアル・アートの影響のもとに制作活動を始めた。1970年代後半から「ジオラマ」「劇場」「海景」という写真作品のシリーズを並行して発表。8×10インチの大型カメラを用いて対象を精緻にとらえたそれぞれの作品は、厳格なコンセプトに基づいて自らの内的ビジョンを視覚化したもので、写真というよりはむしろコンセプチュアル・アートとして評価され、次第にニューヨークの美術界で注目を集めるようになった。
三つのシリーズはそれぞれにまったく違う性質のものであるが、すべてに一貫して流れているテーマは時間である。「ジオラマ」シリーズでは、各地の自然史博物館に展示されている動物標本を撮影。色鮮やかに再現され今にも動き出しそうな剥製を白と黒の厳格な階調のなかへと移しかえることによって、静止した時間を浮かび上がらせた。一方、「劇場」シリーズでは、1920年代から30年代にかけて建設された豪華な装飾の映画館内部にカメラを設置し、1本の映画の始まりから終わりまでシャッターを開放にして撮影。一こま一こまの映像すべてを内包しながら画面中央で真っ白な光を放っているスクリーンによって、持続している時間を鮮やかに視覚化。また、「海景」は、世界中を旅しながらそれぞれの地域の海と空、そして画面を等分するかのような水平線のみを写したシリーズで、文化の枠を越えて太古から永続する自然の時間を映像化しようと試みている。
1980年代を通じてそれぞれのシリーズを追求していた杉本は、90年代半ばごろから次第に新しいシリーズにも着手。京都の三十三間堂の1001体の千手(せんじゅ)観音像を撮影したシリーズ「三十三間堂」(1995)では宗教的な時間を映像化。また、世界中の近代建築の名作を外観をぼやかしながら撮影し、建築家がもともと描いていたイマジネーションを探っていく「建築」シリーズ(1997~ )や、ロンドンのマダム・タッソー蝋(ろう)人形館の偉人の蝋人形を闇を背景に撮影して、精緻に描かれた北方ルネサンス期の肖像画を彷彿させるようなポートレートのシリーズ(1999~ )などに着手し、創造的、芸術的時間を映像化することを試みた。
94年(平成6)ロサンゼルス現代美術館、95年ニューヨークのメトロポリタン美術館、96年ハラミュージアムアーク(群馬県)、2000年にはベルリン・グッゲンハイム美術館で個展が開催されるなどその作品は国際的に評価されており、また、89年には毎日芸術賞、2001年にはハッセル・ブラッド国際写真賞を受賞した。
[河野通孝]
『『Sugimoto――杉本博司』(1988・リブロポート)』▽『『Time Exposed』(1991・京都書院)』▽『『In Praise of Shadows』(1999・光琳社出版)』▽『Russell Ferguson ed.Sugimoto (1999, Fotofolio, New York)』▽『Thomas KelleinHiroshi Sugimoto; Time Exposed (1995, Thames & Hudson, London)』▽『「SUGIMOTO」(カタログ。1996・原美術館ほか)』▽『Sugimoto; Portraits (catalog, 2000, Guggenheim Museum Publication, Berlin)』