村松乙彦(読み)ムラマツ オトヒコ

20世紀日本人名事典 「村松乙彦」の解説

村松 乙彦
ムラマツ オトヒコ

昭和期の日本画家



生年
大正1(1912)年9月26日

没年
昭和58(1983)年10月13日

出生地
愛知県北設楽郡津具村

学歴〔年〕
日本美術学校日本画科〔昭和9年〕卒

経歴
児玉希望に師事し、昭和16年新文展に「珊瑚礁の渚」が初入選。同年琉球に取材旅行し、17年海洋文化協会の派遣でフィリピン、ボルネオ、シンガポールなど南方諸島に従軍取材、19年には朝鮮半島を巡る。この間海洋美術展にも出品。戦後は21年より日展に出品し、24年「浮嶋の朝」、26年「快晴」がともに特選を受賞。33年日展委員、37年同会員、43年より評議員。この間31年アメリカへ旅行、38年には1年間欧州各国を巡遊。また日本美術家連盟監事も務めた。人物をよくし、晩年宇宙に画題を求めた作品を多く描いた。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

関連語 学歴

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「村松乙彦」の解説

村松乙彦 むらまつ-おとひこ

1912-1983 昭和時代の日本画家。
大正元年9月26日生まれ。児玉希望に師事。昭和16年新文展で「珊瑚礁(さんごしょう)の渚」が初入選。戦後は日展に出品,24年「浮嶋の朝」,26年「快晴」がともに特選となる。昭和58年10月13日死去。71歳。愛知県出身。日本美術学校卒。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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