来馬琢道(読み)クルマ タクドウ

20世紀日本人名事典 「来馬琢道」の解説

来馬 琢道
クルマ タクドウ

明治〜昭和期の僧侶 曹洞宗宗会議長;参院議員(緑風会)。



生年
明治10(1877)年11月28日

没年
昭和39(1964)年7月10日

出生地
東京

別名
号=簾国,大心

学歴〔年〕
曹洞宗大学林〔明治34年〕卒

主な受賞名〔年〕
紺綬褒章

経歴
万隆寺の来馬立道に嗣法西有穆山随身、明治33年万隆寺住職、雑誌仏教主幹。44年シャム国皇帝戴冠式に出席、同年「禅門宝鑑」の編集従事。仏教青年会運動で活動、東京区議などを務めた。曹洞宗宗会議長、宗務院教学部長、庶務部長などを歴任。昭和4年から「曹洞宗全書」(全20巻)の編集を企画、刊行。日朝協会理事長などを務めた。戦後参院議員に当選、緑風会に属し、全日本仏教会役員として活動。「洞上公論」などの主幹を務め、晩年永平寺西堂職に就いた。「禅的体験街頭の仏教」「列伝大日本仏教史」「仏教各宗綱要」など多数の著述がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

新訂 政治家人名事典 明治~昭和 「来馬琢道」の解説

来馬 琢道
クルマ タクドウ


肩書
参院議員(緑風会),曹洞宗宗会議長

別名
号=簾国 大心

生年月日
明治10年11月28日

出生地
東京

学歴
曹洞宗大学林〔明治34年〕卒

経歴
万隆寺の来馬立道に嗣法、西有穆山に随身、明治33年万隆寺住職、雑誌「仏教」主幹。44年シャム国皇帝戴冠式に出席、同年「禅門宝鑑」の編集に従事。仏教青年会運動で活動、東京区議などを務めた。曹洞宗宗会議長、宗務院教学部長、庶務部長などを歴任。昭和4年から「曹洞宗全書」(全20巻)の編集を企画、刊行。日朝協会理事長などを務めた。戦後参院議員に当選、緑風会に属し、全日本仏教会役員として活動。「洞上公論」などの主幹を務め、晩年永平寺西堂職に就いた。「禅的体験街頭の仏教」「列伝大日本仏教史」「仏教各宗綱要」など多数の著述がある。

受賞
紺綬褒章

没年月日
昭和39年7月10日

出典 日外アソシエーツ「新訂 政治家人名事典 明治~昭和」(2003年刊)新訂 政治家人名事典 明治~昭和について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「来馬琢道」の解説

来馬琢道 くるま-たくどう

1877-1964 明治-昭和時代の僧。
明治10年11月28日生まれ。曹洞(そうとう)宗。明治33年東京万隆寺住持となる。雑誌「仏教」の主幹をつとめ,仏教青年会運動などを展開。昭和22年参議院議員(緑風会)。「曹洞宗全書」の企画,編集にくわわった。昭和39年7月10日死去。86歳。東京出身。曹洞宗大学林卒。号は簾国,大心。著作に「禅門宝鑑」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「来馬琢道」の解説

来馬 琢道 (くるま たくどう)

生年月日:1877年11月28日
明治時代-昭和時代の僧侶。曹洞宗宗会議長
1964年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

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