随身(読み)ずいじん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

随身
ずいじん

平安時代以後,勅宣により弓矢を負い,帯剣して,貴人の外出に随従した近衛府舎人 (とねり) 。上皇 (→太上天皇 ) には 14人,摂関 (摂政関白 ) には 10人,大臣と大将には8人,納言参議には6人,中将には4人,少将には2人,衛府と兵衛の督には4人,兵衛の佐には2人という規定であった。上皇の随身は院御所の警備にもあたり,その詰所御随身所といった。

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デジタル大辞泉の解説

ずい‐じん【随身】

[名](スル)《「ずいしん」とも》
平安時代以降、貴人の外出のとき、警衛と威儀を兼ねて勅宣によってつけられた近衛府官人。御随身(みずいじん)。兵仗(ひょうじょう)。
神社の左右の神門に安置される守護神。1の姿にあらわす。
桃の節供に飾る雛(ひな)人形の一。
供としてつき従っていくこと。また、その人。おとも。
「秦武文と申す―を御迎へに京へ上せらる」〈太平記・一八〉
物を身につけること。携帯すること。
「もし笙や―したると御尋ねありけるに」〈著聞集・六〉

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百科事典マイペディアの解説

随身【ずいじん】

平安時代以後の朝廷高官の護衛兵近衛府(このえふ)の官人・舎人(とねり)から選ばれ,上皇14人,摂政・関白10人,以下近衛府の大・中・少将などにつく。随身所(どころ)に勤務し,夜警もする。装束は雛(ひな)人形になごりをとどめている。

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世界大百科事典 第2版の解説

ずいじん【随身】

平安時代,左右近衛府(このえふ)の官人・舎人(とねり)から選ばれて高官の護衛にあたった者。9世紀中葉,摂政藤原良房に賜ったのを始めとし,上皇・摂政関白,近衛府の大将(大臣兼帯の者,納言・参議兼帯の者)・中将・少将に賜った。上皇の場合,《拾芥抄》によると将曹(しようそう)2,府生(ふしよう)2,番長(ばんちよう)2,近衛8計14人を賜る規定で,このうち番長以上は騎馬であった。摂政関白には,近衛のほか内舎人(うどねり),左右兵衛があわせてつけられることもあり,これも随身と称した。

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大辞林 第三版の解説

ずいじん【随身】

( 名 ) スル
〔「ずいしん」とも〕
平安以後、勅宣によって貴族の外出時に護衛として随従した近衛府の官人。
主人につき従うこと。また、その人。おとも。 「只一人召仕れける右衛門府生秦武文と申す-を/太平記 18
供を従えること。 「ヒトヲ-スル/日葡」
身に着けること。携帯すること。また、そのもの。
寺院に寄食して寺務などを手伝う者。
随身門の左右に安置した随身姿の二神。像は、俗に矢大神・左大神と称する。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

随身
ずいじん

平安以降、太上(だいじょう)天皇や摂関以下の公卿(くぎょう)、武官などにつけられた護衛兵。御随身(みずいじん)ともいう。近衛府(このえふ)の将曹(しょうそう)以下をこれにあてた。その員数は身分や官職によって異なる。太上天皇には将曹2人、府生(ふしょう)2人、番長2人、近衛8人の計14人があり、院の御随身所に詰めていた。摂関は府生2人、番長2人、近衛6人の計10人、大臣の大将は府生1人、番長1人、近衛6人の計8人、納言(なごん)、参議の大将は番長1人、近衛5人の計6人、中将は4人、少将は2人、諸衛府の督(かみ)は4人、佐(すけ)は2人の近衛が、それぞれつけられ、家(け)の随身所に候(こう)しており、本主(ほんしゅ)の出行の際には武装して、近衛は徒歩、その他は騎馬で護衛し、また雑使にあてられた。ただし、本主が死亡したり、官職を退いた場合には返上された。[渡辺直彦]

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精選版 日本国語大辞典の解説

ずい‐じん【随身】

〘名〙 (「ずいしん」とも)
① 平安時代以降、貴人の外出の時、警衛のために、勅宣によってつけられた近衛府の官人。弓矢を持ち剣を帯び、近衛は徒歩、その他は騎馬で、前駆は番長(ばんちょう)がつとめた。「弘安礼節」によればその人数は、上皇には将曹(しょうそう)・府生(ふしょう)・番長各二人、近衛八人で総計一四人、摂政・関白には府生・番長各二人、近衛六人で総計一〇人というように、大臣・大将には八人、納言・参議には六人、中将には四人、少将には二人、諸衛督には四人、佐には二人である。上皇の随身は、夜間、御所の警衛にあたることもあった。また、中・少将、諸衛督・佐の随身を小随身ともいう。兵仗(ひょうじょう)。御随身(みずいじん)
※三代実録‐貞観一三年(871)四月一四日「年官准三宮、帯刀資人、随身兵仗等事、荷恩不力、衘瞻無間」
※伊勢物語(10C前)七八「御ずいじん、舎人して取りにつかはす」
② (━する) 供を引き連れること。また、その供の人。随従。
※太平記(14C後)一八「只一人召仕しける右衛門府生秦武文と申随身(ズイジン)を御迎に京へ上せらる」 〔漢書‐貨殖伝・程鄭〕
③ (━する) 物を身につけること。たずさえること。また、そのもの。携帯。
※令義解(718)軍防「凡行軍兵士以上。若有身病及死者。行軍具録随身資材。付本郷人将還」
※平治(1220頃か)下「頼朝の卿関が原にてとらはれ給ひし時、随身せられたりしかば」
④ (━する) 寺に寄食すること。寺に身を寄せて寺務や住職の身のまわりの世話をすること。また、その者。
⑤ 神社の左右の神門に安置する、①の姿をした像。門守神(かどもりのかみ)、看督長(かどのおさ)とも、俗に矢大神・左大神ともいう。
※雑俳・柳多留‐一六一(1838‐40)「随身の小鬢(こびん)に二つ風車」
※雑俳・川柳評万句合‐安永六(1777)宮一「銭ばこを持ちずいしんを娘出る」
⑦ 桃の節供に飾る雛人形の一つ。右大臣、左大臣を模した雛。《季・春》
⑧ (━する) つき従うこと。
※将門記(940)「長官・詔使を追ひ立て、随身せしむる事」

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世界大百科事典内の随身の言及

【下毛野氏】より

…10世紀以後の公家の下級武官の氏族。近衛府の舎人,院・摂関家の随身として活躍した。随身とは弓矢を帯して貴人に供奉(ぐぶ)し,警固の任にあたった公家の侍である。…

【雛人形】より

…雛人形はこの雛段に飾る人形の総称である。江戸末期以後,江戸では京都形式の官女,随身をとりいれ,これに江戸式の五人囃子(ばやし)を加えたものを決りの雛人形とした。現在もこの形式にならい,内裏雛(2人),官女(3人),五人囃子(5人),随身(2人),衛士(3人)の5種類を,〈きまりもの〉十五人揃いとしている。…

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