デジタル大辞泉
「随身」の意味・読み・例文・類語
ずい‐じん【随身】
[名](スル)《「ずいしん」とも》
1 平安時代以降、貴人の外出のとき、警衛と威儀を兼ねて勅宣によってつけられた近衛府の官人。御随身。兵仗。
2 神社の左右の神門に安置される守護神。1の姿にあらわす。
3 桃の節供に飾る雛人形の一。
4 供としてつき従っていくこと。また、その人。おとも。
「秦武文と申す―を御迎へに京へ上せらる」〈太平記・一八〉
5 物を身につけること。携帯すること。
「もし笙や―したると御尋ねありけるに」〈著聞集・六〉
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ずい‐じん【随身】
- 〘 名詞 〙 ( 「ずいしん」とも )
- ① 平安時代以降、貴人の外出の時、警衛のために、勅宣によってつけられた近衛府の官人。弓矢を持ち剣を帯び、近衛は徒歩、その他は騎馬で、前駆は番長(ばんちょう)がつとめた。「弘安礼節」によればその人数は、上皇には将曹(しょうそう)・府生(ふしょう)・番長各二人、近衛八人で総計一四人、摂政・関白には府生・番長各二人、近衛六人で総計一〇人というように、大臣・大将には八人、納言・参議には六人、中将には四人、少将には二人、諸衛督には四人、佐には二人である。上皇の随身は、夜間、御所の警衛にあたることもあった。また、中・少将、諸衛督・佐の随身を小随身ともいう。兵仗(ひょうじょう)。御随身(みずいじん)。
- [初出の実例]「年官准三宮、帯刀資人、随身兵仗等事、荷レ恩不レ力、衘瞻無レ間」(出典:日本三代実録‐貞観一三年(871)四月一四日)
- 「御ずいじん、舎人して取りにつかはす」(出典:伊勢物語(10C前)七八)
- ② ( ━する ) 供を引き連れること。また、その供の人。随従。
- [初出の実例]「只一人召仕しける右衛門府生秦武文と申随身(ズイジン)を御迎に京へ上せらる」(出典:太平記(14C後)一八)
- [その他の文献]〔漢書‐貨殖伝・程鄭〕
- ③ ( ━する ) 物を身につけること。たずさえること。また、そのもの。携帯。
- [初出の実例]「凡行軍兵士以上。若有二身病及死一者。行軍具録二随身資材一。付二本郷人一将還」(出典:令義解(718)軍防)
- 「頼朝の卿関が原にてとらはれ給ひし時、随身せられたりしかば」(出典:平治物語(1220頃か)下)
- ④ ( ━する ) 寺に寄食すること。寺に身を寄せて寺務や住職の身のまわりの世話をすること。また、その者。
- ⑤ 神社の左右の神門に安置する、①の姿をした像。門守神(かどもりのかみ)、看督長(かどのおさ)とも、俗に矢大神・左大神ともいう。
- [初出の実例]「随身の小鬢(こびん)に二つ風車」(出典:雑俳・柳多留‐一六一(1838‐40))
- ⑥ 「ずいじんもん(随身門)」の略。
- [初出の実例]「銭ばこを持ちずいしんを娘出る」(出典:雑俳・川柳評万句合‐安永六(1777)宮一)
- ⑦ 桃の節供に飾る雛人形の一つ。右大臣、左大臣を模した雛。《 季語・春 》
- ⑧ ( ━する ) つき従うこと。
- [初出の実例]「長官・詔使を追ひ立て、随身せしむる事」(出典:将門記(940))
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随身 (ずいじん)
平安時代,左右近衛府(このえふ)の官人・舎人(とねり)から選ばれて高官の護衛にあたった者。9世紀中葉,摂政藤原良房に賜ったのを始めとし,上皇・摂政関白,近衛府の大将(大臣兼帯の者,納言・参議兼帯の者)・中将・少将に賜った。上皇の場合,《拾芥抄》によると将曹(しようそう)2,府生(ふしよう)2,番長(ばんちよう)2,近衛8計14人を賜る規定で,このうち番長以上は騎馬であった。摂政関白には,近衛のほか内舎人(うどねり),左右兵衛があわせてつけられることもあり,これも随身と称した。随身はその職務がら本主との接触が密接で,その関係が私的・主従的なものに転化することが多かった。ことに馬芸などにすぐれた者が摂関や上皇の庇護をうけて家人化し,近衛府の舎人でありながら府の監督に服さず,本主の権威を背景に横暴を働くことが少なくなかった。10世紀以降,尾張,播磨,下毛野,多(おお),秦(はた),中臣などの特定の氏族がその職にあたる傾向が強まった。
執筆者:笹山 晴生
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随身
ずいじん
平安以降、太上(だいじょう)天皇や摂関以下の公卿(くぎょう)、武官などにつけられた護衛兵。御随身(みずいじん)ともいう。近衛府(このえふ)の将曹(しょうそう)以下をこれにあてた。その員数は身分や官職によって異なる。太上天皇には将曹2人、府生(ふしょう)2人、番長2人、近衛8人の計14人があり、院の御随身所に詰めていた。摂関は府生2人、番長2人、近衛6人の計10人、大臣の大将は府生1人、番長1人、近衛6人の計8人、納言(なごん)、参議の大将は番長1人、近衛5人の計6人、中将は4人、少将は2人、諸衛府の督(かみ)は4人、佐(すけ)は2人の近衛が、それぞれつけられ、家(け)の随身所に候(こう)しており、本主(ほんしゅ)の出行の際には武装して、近衛は徒歩、その他は騎馬で護衛し、また雑使にあてられた。ただし、本主が死亡したり、官職を退いた場合には返上された。
[渡辺直彦]
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随身
ずいじん
平安時代以後,勅宣により弓矢を負い,帯剣して,貴人の外出に随従した近衛府の舎人 (とねり) 。上皇 (→太上天皇 ) には 14人,摂関 (摂政,関白 ) には 10人,大臣と大将には8人,納言と参議には6人,中将には4人,少将には2人,衛府と兵衛の督には4人,兵衛の佐には2人という規定であった。上皇の随身は院御所の警備にもあたり,その詰所を御随身所といった。
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随身【ずいじん】
平安時代以後の朝廷高官の護衛兵。近衛府(このえふ)の官人・舎人(とねり)から選ばれ,上皇14人,摂政・関白10人,以下近衛府の大・中・少将などにつく。随身所(どころ)に勤務し,夜警もする。装束は雛(ひな)人形になごりをとどめている。
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随身
ずいじん
平安時代,貴族の外出の際,勅宣によって随従し警衛の任にあたった左右近衛府の舎人 (とねり)
その人数は,太上天皇には14人,摂関10人,大臣・大将8人,納言・参議6人で,弓矢を持ち太刀を帯びた。
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普及版 字通
「随身」の読み・字形・画数・意味
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世界大百科事典(旧版)内の随身の言及
【下毛野氏】より
…10世紀以後の公家の下級武官の氏族。近衛府の舎人,院・摂関家の随身として活躍した。随身とは弓矢を帯して貴人に供奉(ぐぶ)し,警固の任にあたった公家の侍である。…
【雛人形】より
…雛人形はこの雛段に飾る人形の総称である。江戸末期以後,江戸では京都形式の官女,随身をとりいれ,これに江戸式の五人囃子(ばやし)を加えたものを決りの雛人形とした。現在もこの形式にならい,内裏雛(2人),官女(3人),五人囃子(5人),随身(2人),衛士(3人)の5種類を,〈きまりもの〉十五人揃いとしている。…
※「随身」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」