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東ティモール内戦 ひがしてぃもーるないせん

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知恵蔵2015の解説

東ティモール内戦

2006年5月、東ティモールの首都ディリ小規模の内戦が発生、日本人を含め外国人居住者が一斉に国外へ避難した。オーストラリアが450人の緊急展開部隊を派遣したのに続き、マレーシア500人、ニュージーランド120人、旧宗主国ポルトガルからも120人の治安部隊が送り込まれた。東ティモール政府は治安権限をオーストラリア軍へ移譲することで、内戦を早期に収拾した。ポルトガル政府寄りのアルカティリ首相が辞任、親豪派のラモス・ホルタ外相が新首相に就任したことで、東ティモールは政治的危機を乗り越えることができた。東ティモールは02年の独立以来、国連主導で国家建設が進められてきたが、05年5月に国連軍が完全撤退してから政治不安が一気に噴き出た。原因としては首相派と大統領派の権力闘争、東部(首相派)と西部(大統領派)の地域対立、国家予算の不均等配分(優遇される東部と不利な西部)などがある。アルカティリ首相派と東部地域が優遇され、グスマオ大統領派と西部地域が不当に差別されたため、西部出身の大統領派兵士が首相を名指しで批判するようになった。これに対して首相は不満分子をすべて除隊させ、多数の兵士が失業状態に陥った。これが発端で銃撃戦が始まり、首都が内戦状態となった。国連安保理は06年8月、東ティモールでのPKO復活を決定している(UNMIT)。東ティモールとオーストラリアは05年12月、ティモール海大陸棚に関する国境画定と海底油田の開発に関して合意に達している。領有権に関しては40年間棚上げして、石油・天然ガスの開発を優先することで決着をみた。

(竹田いさみ 獨協大学教授 / 2007年)

出典|(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2015」
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