東徳田村(読み)ひがしとくたむら

日本歴史地名大系 「東徳田村」の解説

東徳田村
ひがしとくたむら

[現在地名]矢巾町東徳田

北上川右岸の平坦地に位置し、南は土橋つちはし村・間野々あいのの村、北は西徳田村。奥州街道が通る。古代の徳丹とくたん城の遺称地とされる。古くは西徳田村と一村で徳田村と称され、一帯は湿地帯で雨が降ると集落間を船で往来していたと伝える。慶長一七年(一六一二)南部利直黒印状(参考諸家系図)によれば、徳田村の高三五四石余など都合一千四〇三石余が代官中野弥七・田村淡路の支配下となった。元和二年(一六一六)南部利直は前年の飢饉に対処するため、検見役として四戸久助を徳田など一一ヵ村に派遣し、種はあるが現在の食料が欠乏している者は郷中が援助して耕作させること、種がないために耕作できないでいた者には種を与えるので、夏蒔をして冬の食料とすること、この場合、田畑が給人の所領や蔵入地であっても、全収穫物を耕作者のものとすること、縁故を頼って種を持っている者を聞出して報告すれば、その者には替りの物を与え、種を買上げること、六月中は地頭に対する詰夫や伝馬役などの郷役の奉公は停止することなどを農民に申聞かせるよう指示している(「南部利直書状」花巻四戸文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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