東顕寺(読み)とうけんじ

日本歴史地名大系 「東顕寺」の解説

東顕寺
とうけんじ

[現在地名]盛岡市名須川町

松峰山と号し、曹洞宗本尊釈迦如来境内三ッ石みっいし神社がある。盛岡城下花屋はなや町門外の東側、遠曲輪の堀端に位置した。松峰山東顕寺由緒(御領分社堂)によると、当寺の旧跡東中野ひがしなかのの内の里東顕寺さととうけんじ村にあったが、堂宇は荒廃し、宗派も不明な状態だった。のち正法しようぼう(現水沢市)二世月泉良印の上足古山良空が不来方こずかた城に来遊してのちの内丸の石間いしあいに草堂を構えたが、不来方城主の福士政長は良空を尊信し、康応元年(一三八九)田二〇〇石を喜捨して松峰山東顕寺と号し、良空を招いて開山第一祖とした。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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