東風浜遺跡(読み)こちはまいせき

日本歴史地名大系 「東風浜遺跡」の解説

東風浜遺跡
こちはまいせき

[現在地名]詫間町粟島

あわ島の西浜にしはま遺跡に隣接する東側海岸部に立地する。一帯は北側の阿島あしま山側から砂洲が延びており、南北は約三〇〇メートル、東西は二五〇メートルほどの広がりをもつ。砂洲は中央部が低くなっているが、遺跡はその東方のやや高くなった砂洲に立地する。昭和三〇年(一九五五)の調査で縄文土器のほか弥生土器土師器製塩土器須恵器出土。最も出土量が多いのは製塩土器で、全出土量の九〇パーセントを超えており、次いで縄文土器・弥生土器で、須恵器と土師器はごく少量にすぎない。地域的にみると、縄文土器が主として出土する地域は東西トレンチで、製塩土器・弥生土器などは南北トレンチから多く出土した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む