東館村(読み)ひがしだてむら

日本歴史地名大系 「東館村」の解説

東館村
ひがしだてむら

[現在地名]猪苗代町八幡やはた

曲淵まがりふち村の北、長瀬ながせ川の東岸に位置し、古く長瀬川対岸西方の西館村一村たて村と称したとも伝える。二本松街道が通り、西館村とを結んで長瀬川を渡る同街道の渡船場があった(新編会津風土記)。川東組に属した。正治元年(一一九九)頃佐原氏の臣三浦弾正盛泰が当地に館を築いたといい(猪苗代町史)、これが地名の由来ともいう。また長瀬川の度重なる洪水で、集落は天保一〇年(一八三九)頃から数年をかけて川岸旧地から東方丘陵地である現在地に移転した(同書)。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では猪苗代郡のうちに東館とみえ、高二〇七石余。享保三年(一七一八)には高一九二石余、家数一九、男五〇・女四五、馬二一、天明六年(一七八六)には高一九三石余、家数一五、男三〇・女二九、馬一一(「留帳」小林家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

一月五日ごろから二月二、三日ごろの、小寒、大寒合わせた約三〇日間。寒中(かんちゅう)。《 季語・冬 》[初出の実例]「寒(カン)の中 薬喰 声つかふ 酒作 紅粉(べに) 門垢離(かどごり)」(出典:俳...

寒の内の用語解説を読む