日本歴史地名大系 「二本松街道」の解説 二本松街道にほんまつかいどう 福島県:総論二本松街道「会津風土記」に「二本松路」とみえ、若松城下より猪苗代湖北岸を東に向かい、中山(なかやま)峠を越えて本宮(もとみや)(現本宮町)で奥州道中に合さる道である。二本松藩領ではこれを会津道とし、本宮の会津道の分岐点にあった天保一四年(一八四三)建立の供養塔を兼ねた道標に「右あい津 左江戸」と刻んである(現在本宮町歴史民俗資料館蔵)。この道筋の宿場およびその区間の距離は次のとおりである。若松―二里一七町―大寺(おおてら)(現磐梯町)―三里五〇間―猪苗代―一里二〇町―都沢(みやこざわ)―一一町―関脇(せきわき)―六町―壺下(つぼおろし)―三〇町―楊枝(ようじ)(以上現猪苗代町)―一里六町―中山―二里―横川(よこかわ)(以上郡山市)―一里六町―苗代田(なわしろだ)(現本宮町)―一里三〇町―本宮(行程中の若松―楊枝間は「新編会津風土記」、他は「五海道中細見記」による)。このうち都沢・関脇・壺下の三宿は合宿で、都沢は馬継入下一五日、関脇は馬継出不断、壺下は馬継入上一五日の分担になっていた。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by