松の丸(読み)まつのまる

日本歴史地名大系 「松の丸」の解説

松の丸
まつのまる

現県立博物館横の久松山北側の出鼻頂辺りの名称。山名豊国時代には城の中枢部であったとされる。慶長五年の関ヶ原の合戦後亀井氏・赤松氏連合軍が宮部氏遺臣の守る鳥取城を攻めた時に、宮部側はここに兵を配し、但馬赤松勢の攻撃を鉄砲で防いだという(因幡民談記)城主居所はこの頃には山下の丸が整備されて麓の右膳ゆうぜん丸付近に移されていたらしい。

城の外側から山上の丸に至る道は三つあり、東の宮内みやうち谷より十神の険を経て背後より上る搦手の道、正面の道が天球丸と二の丸の間からの中坂口で、現在の博物館と市立きた中学校の間に突き出ている尾根から途中に松の丸・かねなる太鼓たいこなるを経て上る西坂にしさか口があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む