松坂神社(読み)まつざかじんじや

日本歴史地名大系 「松坂神社」の解説

松坂神社
まつざかじんじや

[現在地名]大分市上野丘二丁目

上野うえの丘の南西鎮座祭神は武内宿禰命。もとは松坂八幡宮と称した。応安元年(一三六八)大友親世が霊夢により当社を詣でたとも(雉城雑誌)、応永八年(一四〇一)親世の創建ともいう(豊後国志)。「雉城雑誌」によれば当社は柞原ゆすはら八幡宮の創祀より古く、「因八幡申、由原八幡行幸節、国善神王、為御迎祓川迄出御成玉フ」という。応永二三年八月二三日の志賀親理直入郷准田銭納状(志賀文書)に「日本国大小神祇、取分 由原・松坂もご照覧候ヘ」とみえる。大友氏代々の崇敬を受け、書状・起請文などに柞原八幡宮とともに社名が記される(一〇月一九日「大友親著書状」田北隆信文書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

[名](スル)一定の主義・主張がなく、安易に他の説に賛成すること。「多数派に付和雷同する」[補説]「不和雷同」と書くのは誤り。[類語]矮人わいじんの観場かんじょう・同意・賛同・支持・賛成・雷同・便乗・...

付和雷同の用語解説を読む