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松平信光 まつだいらのぶみつ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

松平信光
まつだいらのぶみつ

[生]?
[没]長享2(1488).7.22.
室町時代の武将。和泉守。泰親の子 (実は泰親の兄親氏の子) 。三河の3分の1を平定し松平氏の基礎を築いた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

松平信光 まつだいら-のぶみつ

?-1488 室町時代の武将。
松平泰親(やすちか)(一説に親氏(ちかうじ))の子。応永28年三河(愛知県)岩津の中根大膳を討ち,本城と周囲に七つの砦をきずく。室町幕府政所(まんどころ)執事伊勢貞親(さだちか)の家臣となり,のち安城(祥)城,岡崎城も攻略。庶子7人を各地に配置し,松平氏発展の基盤をつくる。長享2年7月22日死去。享年は76歳,86歳ほか諸説がある。

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世界大百科事典内の松平信光の言及

【松平氏】より

…中世後期の三河国の有力武士で,惣領家は1566年(永禄9)徳川と改姓して江戸時代の将軍家となり,一族は大名,旗本となった(図)。
[松平氏の発祥]
 江戸幕府公認の松平氏発祥譚では,清和源氏新田氏の庶家徳川氏の末裔は,足利氏の迫害のため,本貫の地上野国新田郡徳川郷を退去して時宗の僧となって諸国を流浪し,親氏(ちかうじ)の代に三河国加茂郡松平郷の土豪松平氏の娘婿となったのが,源姓松平氏のはじまりで,9代の後裔家康の代に〈復姓〉したという。…

※「松平信光」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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