松木満史(読み)マツキ マンジ

20世紀日本人名事典 「松木満史」の解説

松木 満史
マツキ マンジ

昭和期の洋画家



生年
明治39(1906)年1月21日

没年
昭和46(1971)年3月26日

出生地
青森県木造町

本名
松木 金七

学歴〔年〕
向陽小高等科中退

主な受賞名〔年〕
青森県文化賞〔昭和34年〕,青森県褒賞〔昭和37年〕

経歴
小学校高等科を中退して青森市の仏師・本間正明に師事して木彫を学ぶ。やがて油絵転向、大正11年15歳で棟方志功主唱結成された青森の洋画家グループ・青光画社に参加、同人となる。「白樺」を愛読して岸田劉生傾倒。上京後は主に国画会に出品。昭和13〜15年フランスに留学した。18年従軍画家として北支に滞在。22年国画会会員となり、馬をモチーフとした作品で知られた。朗らかで面倒見のよい人柄で多くの仲間と交友し、渡辺貞一、下沢木鉢郎、秋田雨雀ら青森県の文化を築いた人々に大きな影響を与えた。作品に「馬」「林」「山上湖畔」「萱野」「少女」「ラリューヌ」などがある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「松木満史」の解説

松木満史 まつき-まんじ

1906-1971 昭和時代の洋画家。
明治39年1月21日生まれ。郷里の青森県で棟方志功と青光画社を結成,また「白樺」の影響をうける。大正15年上京し,国画会展に出品,昭和22年同会会員。30年三国慶一ほか在京の同県人と青生会を結成した。昭和46年3月26日死去。65歳。本名は金七。作品に「ラリューヌ」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

今日のキーワード

プラチナキャリア

年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...

プラチナキャリアの用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android