柱道村(読み)はしらみちむら

日本歴史地名大系 「柱道村」の解説

柱道村
はしらみちむら

[現在地名]能生町柱道

能生川右岸、堂谷どうや川の小流が流入する辺りの段丘集落があり、上流指塩さしお村、下流鷲尾わしお村に接する。正保国絵図に村名があり、延宝七年(一六七九)の越州四郡高帳に高一三八石三斗余、同所改出高四〇石二斗余とある。天和三年(一六八三)検地帳(柱道区有文書)は四冊に分れ、田方一四町九反五畝余・畑方五町六反五畝余、本田色高共高二一四石九斗余、漆木二八本があり、屋敷持百姓は三六名で、うち六名は名子、対岸の枝村大沢おおさわに屋敷のある者八名。そのほか高一四石六斗余をもつ小出山観音がある。延享四年(一七四七)八月、頸城地方一帯は大風雨で、能生川も大洪水となり、家屋の多くは流失し、段丘上に移転したという(能生谷村誌)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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