柴田 安子
シバタ ヤスコ
昭和期の日本画家
- 生年
- 明治40(1907)年9月
- 没年
- 昭和21(1946)年7月27日
- 出生地
- 秋田県大曲
- 出身地
- 東京・麴町
- 学歴〔年〕
- 千代田高女
- 経歴
- 秋田の大地主に生まれる。新興大和絵の松岡映丘に師事し、川端龍子の青龍社に出品。骨太で理知的な描写で日本画の革新に寄与するが、疎開生活の疲労から倒れ、「めらほど」の他は全て自らの手で焼却した。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
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柴田安子 しばた-やすこ
1907-1946 昭和時代の日本画家。
明治40年9月生まれ。最上広胖(もがみ-こうはん)の5女。松岡映丘に師事。青竜社,新美術人協会などに出品した。西洋の古典・近代絵画なども研究し,日本画の新境地をめざしたが,ほとんどの作品を自ら焼却して昭和21年7月27日病死した。40歳。秋田県出身。千代田高女卒。作品に「牧婦」「灑衣」など。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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