栃屋村(読み)とちやむら

日本歴史地名大系 「栃屋村」の解説

栃屋村
とちやむら

[現在地名]鶴岡市栃屋・大山おおやま一丁目

大山村の南、大山(八沢)川沿いにあり、西は菱津ひしづ村。元和八年(一六二二)の酒井氏知行目録に村名がみえ高七七八石余。支配領主の変遷は砂押すなおし村と同じ。寛永元年庄内高辻帳では高七九九石余、正保郷帳では田高七〇七石余・畑高九六石、新田がある。弍郡詳記では高九六二石余、家数二七。慶応二年(一八六六)の免四ツ二分四厘。年貢米は大山村の郷蔵に納めたが、一部は直接に貸付酒造米として指定の大山酒屋に運ばれた。


栃屋村
とちやむら

[現在地名]宇奈月町栃屋

黒部川左岸の山麓部にあり、東は浦山うらやま村・熊野新くまのしん村、西は若栗わかぐり(現黒部市)熊野・栃屋では板碑・宝篋印塔・五輪塔・石仏などが出土し、地内にはその保存堂が造られている。寛永一六年(一六三九)富山藩領、万治三年(一六六〇)以降加賀藩領。正保郷帳では高六六五石余、田方四二町八反余・畑方一町五反、新田高四二石余。寛文一〇年(一六七〇)の村御印では、同四年の新開高三三石を加え草高八〇五石、免四ツ九歩、小物成は野役三八匁・蝋役八匁(三箇国高物成帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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