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栗須七郎 くりす しちろう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

栗須七郎 くりす-しちろう

1882-1950 大正-昭和時代の部落解放運動家。
明治15年2月17日生まれ。小学校代用教員をへて逓信省の職員となる。日露戦争に看護兵として従軍。大正4年差別事件をおこした故郷和歌山県の村長を辞任においこむ。11年全国水平社の創立に参加,中央委員をつとめた。昭和25年1月21日死去。67歳。自伝に「水平の行者」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

栗須七郎

没年:昭和25.1.21(1950)
生年:明治15.2.17(1882)
大正昭和期の水平社運動家。和歌山県東牟婁郡東宮村(本宮町)生まれ。16歳で上京し通信書記補となる。看護手として日露戦争に従軍して負傷。日本医学校中退,帰郷し,大正4(1915)年村役場の差別事件を糾弾した。豊橋の製糸工場で労働運動をし追放となる。大正11年,全国水平社(全水)創立に感動,県下を行脚し宣伝する。同年7月,大阪市西浜に転居,自宅で西浜・府水平社本部を創立,北井庄一,石田正治らと機関紙『水平線』を刊行。13年,和歌山の田淵代議士差別事件などで入獄,その思想(天皇主義,親鸞信仰にもとづく水平思想)と禁欲的行動から「水平の行者」といわれた。その後,全水左派に接近したが没入せず,合法無産政党や労働組合の顧問を務め,地元有産者や団体とは対立的関係にあった。<著作>『水平道』『水平審判の日

(秋定嘉和)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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