デジタル大辞泉
「榎社」の意味・読み・例文・類語
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
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榎社
えのきしや
[現在地名]太宰府市朱雀六丁目
榎寺にある。もとは榎木寺(榎寺)あるいは浄妙寺と称し、安楽寺(太宰府天満宮)の末寺であった。菅原道真が大宰権帥に左遷された時に居住した都府の南館はこの地に比定される。「菅家後集」には荒果てた住居の様子が描写されるが、近年の発掘調査では奈良時代から平安時代にかけての掘立柱建物や土器の大量廃棄の跡が発見されている。承久本「北野天神縁起」に「今の大宰府の榎寺のきさらきの下の五日のわかれ」とみえ、延喜三年(九〇三)二月二五日に道真が大宰府の榎寺で没したと伝えている。また「神道集」は道真が没した場所を「大宰府ノ榎木寺」とする。治安三年(一〇二三)、大宰大弐藤原惟憲が道真の遺跡の荒廃を悲しんで一伽藍を修復した。これが浄妙寺とよばれ、榎寺にあたるという(「大宰府安楽寺菅丞相祠堂記」、「古今著聞集」巻四など)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の榎社の言及
【春日若宮神社】より
…[春日大社]の第三殿にまつられている天児屋根(あめのこやね)命の子神である天押雲根(あめのおしくもね)命をまつる。当社は春日大社の摂社で,もと榎社といった。祭神を地主神とのみ記す文献も多い。…
※「榎社」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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