日本大百科全書(ニッポニカ)「北野天神縁起」の解説
北野天神縁起
きたのてんじんえんぎ
絵巻。菅原道真(すがわらのみちざね)の一代の伝記に、あわせてその死後の祟(たた)りや北野天神創建の由来、およびその霊験譚(れいげんたん)などを描いたもので、諸国の天満宮に流布している。そのなかで制作年代も古く作品的価値も高いものとして、京都北野天満宮所蔵の「承久(じょうきゅう)本」8巻(国宝)と「弘安(こうあん)本」残欠2巻とがとくに名高い。「承久本」は詞書(ことばがき)の初めに「承久元年己卯(つちのとう)(1219)今に至るまで」とあるのでこのようによばれ、制作時期もそのころと考えられる。この絵巻は道真一代の物語、死後の事跡および日蔵(10世紀の高僧)の六道めぐりを説くにとどまり、他の天神縁起にみられるような、その後の北野天神鎮座の由来や、霊験譚を欠いている。本巻は現存絵巻物中もっとも縦幅が広く、その大画面に大胆な構図、雄渾(ゆうこん)な筆致を用い、色彩は華麗で描写も溌剌(はつらつ)としており、「北野天神縁起」中の圧巻である。「弘安本」は、下巻の詞の末尾に「弘安元年(1278)夏六月のころ微功をおふ」とあることからこの名があり、筆者が従来土佐行光(ゆきみつ)と伝えるところから「行光本」とも称される。承久本とは反対に、繊細な描線、淡泊な色彩を用い、優雅な趣(おもむき)に富む。制作時期はやはり弘安ごろとみられる。
この2作のほかに注目すべきものとして『松崎天神縁起』(6巻、山口・防府(ほうふ)天満宮)『荏柄(えがら)天神縁起』(3巻)があげられる。『松崎天神縁起』は、道真の一代記、および死後の神人としての霊験譚のほかに、松崎神社(現防府天満宮)創建の由来を加え、この点が他の天神縁起と内容を異にする。1311年(応長1)の制作で、絵は濃く明確な描線と鮮麗な色彩が特徴的である。『荏柄天神縁起』は鎌倉の荏柄神社に伝来したのでこの名があり、1319年(元応1)の制作。このほか室町以後のものも多数伝存し、中世以降における天神信仰の著しい普及を物語っている。
[村重 寧]
『源豊宗編『新修日本絵巻物全集9 北野天神縁起』(1977・角川書店)』▽『小松茂美編『日本絵巻大成21 北野天神縁起』(1978・中央公論社)』▽『小松茂美編『続日本絵巻大成16 松崎天神縁起』(1983・中央公論社)』