樅木村(読み)もみきむら

日本歴史地名大系 「樅木村」の解説

樅木村
もみきむら

[現在地名]泉村樅木

五箇庄(ごかのしよう)内の最も東寄りに位置し、日向国境の国見(くにみ)岳(一七三八・八メートル)・五勇(ごゆう)山(一六六二メートル)・烏帽子(えぼし)岳(一六九一・七メートル)などの高峰の西斜面を東北から西南に向かって流れる樅木川渓谷に臨んでいる。深い渓谷をつなぐための吊橋が多く、五箇庄内で長さ一七メートル以上、高さ七・四五メートル以上の吊橋(鉄柱製を除く)四ヵ所のうち、三ヵ所が樅木地区内にある。


樅木村
もみのきむら

[現在地名]菊川町大字道市(みちいち) 樅ノ木

北に豊(とよ)ヶ岳、西に大了寺(おおりようじ)山を望み、四方を山に囲まれ、厚狭(あさ)川の支流原(はら)川の源流をなす山中の村で、北は萩原(はぎわら)村(現豊田町)、南は道市(みちいち)村、西は東中山(ひがしなかやま)村に接する。長府藩領で豊浦郡豊田筋に属した。

村名の由来として「地下上申」は高山村の項に、「小村之内樅木村と申ハ往古此所ニ樅大木有之、其故樅木村と申ならハし候由申伝候」とあり、もとは高山(たかやま)村(現豊田町)のうちであった。

「地下上申」では蔵入地高一〇〇石三升のうち、田方九五石九斗七升五合、畠方四石五升五合、家数七軒(うち二軒本百姓、五軒門男)、人口三四人とあり、庄屋は高山村庄屋が兼帯し、配下に畔頭一名があった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

晩秋から初冬にかけて現れる穏やかな暖かい晴天。小春とは旧暦 10月のことで,太陽歴では 11月から 12月上旬にあたる。厳しい冬を前に現れる温和な天気を喜んだことばで,アメリカ大陸やヨーロッパにも冬を...

小春日和の用語解説を読む