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樋口道立 ひぐち どうりゅう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

樋口道立 ひぐち-どうりゅう

1738-1813* 江戸時代中期-後期の俳人,儒者。
元文3年10月18日生まれ。江村北海の次男。武蔵(むさし)川越藩(埼玉県)藩士の養子となり,京都留守居役。与謝蕪村(よさ-ぶそん)にまなぶ。安永5年(1776)京都金福寺の芭蕉(ばしょう)庵再興を発起した。文化9年12月7日死去。75歳。京都出身。名は敬義。字(あざな)は道卿。通称は源左衛門。別号に自在庵など。編著に「写経社集」。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

樋口道立

没年:文化9.12.7(1813.1.9)
生年:元文3.10.18(1738.11.29)
江戸中期の俳人,儒者。京都の人。漢詩人として著名な江村北海の次男。川越藩主松平大和守の京都留守居役を務める。『平安人物志』には一貫して学者の項に載せられているが,安永(1772~81)ごろから与謝蕪村の指導のもとに俳諧に親しむ。安永5(1776)年,洛東金福寺に芭蕉庵再興を発企し,写経社を主催して『写経社集』を刊行した。道立宛の蕪村の書簡に,蕪村の女性関係を道立が戒めたことを示す文面があり,師の蕪村に直言できる立場にあったことが分かる。<参考文献>潁原退蔵「道立」(『潁原退蔵著作集』13巻)

(田中善信)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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