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橋本稲彦 はしもと いなひこ

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美術人名辞典の解説

橋本稲彦

国学者。号は琴廼舎。本居宣長の門で学ぶ。後大阪で門戸を張り、鈴門の巨擘と称された。頼山陽との親交もあった。著書に『万葉梯』『古辞解玉訓』等がある。文化6年(1809)歿、29才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

橋本稲彦 はしもと-いなひこ

1781-1809 江戸時代後期の国学者。
天明元年生まれ。寛政10年(1798)伊勢(いせ)(三重県)松坂の本居宣長(もとおり-のりなが)に入門。のち大坂で塾をひらいた。頼山陽と親交があり,著書「紫文製錦(しぶんせいきん)」の序文は山陽の筆になる。文化6年6月15日死去。29歳。安芸(あき)(広島県)出身。通称は保次郎,稲蔵,中台。号は琴廼舎(ことのや)。著作はほかに「万葉梯(てい)」など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

橋本稲彦

没年:文化6.6.15(1809.7.27)
生年:天明1(1781)
江戸中期の国学者。姓源,通称中台,保次郎,稲蔵,号琴廼舎。広島の人。大坂に出てのち本居宣長に入門した。若くして学力優秀,しかも精力的な勉強ぶりに宣長も大いに期待した。宣長学の忠実な継承者として,『紫文製錦』『万葉梯』『紫文消息』『訂正新撰姓氏録』などを次々に著したが,29歳で前途ある生涯を閉じなければならなかった。頼山陽との交流も知られている。

(久保田啓一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

はしもといなひこ【橋本稲彦】

1781‐1809(天明1‐文化6)
江戸中期の国学者。通称中台。舎号は琴廼舎。安芸広島の人。早くから和学を好み,1798年(寛政10)伊勢松坂に赴き本居宣長に入門,その才を認められる。帰省後頼山陽と心を通わせ,厚く交わり,互いに影響し合った。後年大坂に門戸を張り国学を教授,鈴屋(すずのや)門の巨擘(きよはく)と称せられた。29歳で惜しくも病没。著書に《万葉梯》《神代巻正訓》《訂正姓氏録》などがある。【南 啓治】

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