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檜山騒動 ひやまそうどう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

檜山騒動
ひやまそうどう

(1) 正徳4 (1714) 年盛岡 (南部) 藩と弘前 (津軽) 藩の間に起った堀差山 (檜山) の帰属をめぐる境界争い。幕府裁定で津軽側の勝訴。 (2) 文政4 (1821) 年盛岡藩浪人相馬大作ら9名による弘前藩主暗殺未遂事件。事前に発覚し一味江戸に出奔したが,捕えられ処刑された。

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百科事典マイペディアの解説

檜山騒動【ひやまそうどう】

相馬大作

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

檜山騒動
ひやまそうどう

(1)1713年(正徳3)に起こった南部(盛岡)藩と津軽(弘前(ひろさき))藩の境界論争。両藩の境界は南部藩馬門(まかど)村(青森県野辺地(のへじ)町)と津軽藩黒石家平内(ひらない)領狩場沢(かりばさわ)村(同県平内町)との間にある堀差(ほりさし)山(一名檜(ひのき)山)の峰とされていたが、境がはっきりせず、しばしば争いがあった。たまたま馬門村の者が境を越えて檜を伐(き)ったことから両者の争いが大きくなり、ついに幕府へ訴訟に及んだ。幕府は、翌14年現地へ役人を派遣して調査し、境界論争は津軽側の勝訴とされ、一件は落着した。
(2)1821年(文政4)4月、南部藩士の相馬大作(そうまだいさく)(本名下斗米秀之進(しもとまいひでのしん))一味が、参勤から帰城の津軽侯9代寧親(やすちか)を岩抜(いわぬき)山(矢立(やたて)峠ともいう)で襲撃した事件。南部騒動ともいう。世に檜山騒動として名高いのは、正徳(しょうとく)の檜論と大作事件を織り混ぜた講談・小説の影響による。[工藤睦男]
『北島正元編『御家騒動』(1970・新人物往来社)』

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