武田信吉(読み)たけだ のぶよし

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

武田信吉 たけだ-のぶよし

1583-1603 江戸時代前期の大名。
天正(てんしょう)11年9月13日生まれ。徳川家康の5男。甲斐(かい)武田氏の一族穴山梅雪の子の跡をつぎ武田氏を称する。天正18年下総(しもうさ)小金(千葉県),文禄(ぶんろく)元年下総佐倉を領する。慶長7年常陸(ひたち)水戸藩主(15万石)となったが,8年9月11日病死し,家は断絶した。21歳。幼名は万千代,五郎。

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世界大百科事典 第2版の解説

たけだのぶよし【武田信吉】

1583‐1603(天正11‐慶長8)
江戸初期の大名。幼名は万千代。徳川家康の五男として浜松で生まれた。母の下山殿(於都摩(おつま)の方)は戦国大名武田氏の一族穴山梅雪(信君)の養女。信君の死後,家康は名家武田氏の断絶を嘆き,万千代に名跡を継がせた。1590年(天正18)8歳で下総国小金3万石,92年(文禄1)同国佐倉4万石に移封,1602年(慶長7)水戸15万石の領主となったが,無嗣のため断絶した。【煎本 増夫】

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367日誕生日大事典の解説

武田信吉 (たけだのぶよし)

生年月日:1583年9月3日
安土桃山時代の大名
1603年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典内の武田信吉の言及

【佐倉藩】より

…江戸前期には藩主の移動が激しかったが,1746年(延享3)以降は堀田氏の所領として定着した。1590年(天正18)三浦義次入封(1万石)の後,92年(文禄1)武田信吉(徳川家康の第5子,4万石),1602年(慶長7)松平忠輝(同第6子,5万石)と,佐倉の地は徳川一門の所領として重視された。譜代大名の入封は07年小笠原吉次(2万8000石)が最初で,以後譜代所領となる。…

※「武田信吉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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