歯磨売(読み)はみがきうり

改訂新版 世界大百科事典 「歯磨売」の意味・わかりやすい解説

歯磨売 (はみがきうり)

歯磨粉近世には小間物屋で売られていたが,江戸には引出しのついた小箱を片手にさげてさまざまな芸を見せながら歯磨粉だけを売り歩く者がいた。《塵塚談》には〈歯磨売り一袋六文八文なり。一袋を一ヶ月二ヶ月も用ゆる物なるに,売店夥しく,名産も数軒あるなり。然るに売り廻る者数百人有るべし〉とある。歯磨売は〈梅紅散くすり歯磨口中一切,ばいこうさん〉(《浮世風呂》)とか〈市川団十郎本家はみがきおもとめなさい。わずか八文,おんはこづめが三十二文〉(《合物端歌弾初》)といった売り声をたてて売り歩いた。有名な歯磨売に,松井屋源左衛門,松井源水や〈百眼(ひやくまなこ)の米吉〉がいた。米吉は〈百眼の目鬘(めかずら)〉という眼鏡状の面をつけて種々のおもしろい芸を見せて歯磨粉を売ったといい,1853年(嘉永6)には芝居にも登場していっそう人気を博したという。また随筆《賤のをだ巻》には,歯磨売の松井源左衛門が赤坂見付下の広小路で居合抜きの術を見せていたと記されている。また,鍬形蕙斎の《近世職人尽絵詞》には,江戸浅草田原町の松井源水が刀の刃の上でこまを回して人を集め,歯磨きを売るさまが描かれている。歯磨売にはこうした振売だけでなく,床見世もあってネズミ曲芸などで人集めをして売ったほか,入れ歯も扱っていたらしい。〈本郷も兼康(かねやす)までは江戸の内〉といわれた兼康は,江戸本郷にあって,〈乳香散〉という歯磨きを売ったことで知られる。

 江戸時代には,歯磨粉の原料として房州の砂が有名であり,《中陵漫録》には〈歯磨の沙(すな)ハ,房州より出る故に房州沙と云ふ,この沙水飛(すいひ)して竜脳丁子を加へ,諸国各々其の土地より白沙を製して売る,薩州にて山下の白沙を売る,備中にてハ山中の白石を粉して製す,何れも房州の沙におよばず,又米糠(もみぬか)を焼きて用ふべし,若葉の葉を焼きて焼きて粉して用ふる,竜脳,丁子,白檀にて香気を付ける,余諸国に於て用ひ試む,東都のごときハなし〉とある。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

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