段山町(読み)だにやままち

日本歴史地名大系 「段山町」の解説

段山町
だにやままち

[現在地名]熊本市新町三丁目

新二丁目懸の武家屋敷は、新馬借しんばしやく町の東側と、その北の延長である段山町の東側にみられる。新馬借町は新細工しんさいく町の高麗こうらい門寄りから、上職人かみしよくにん町の西側に並行して南北に走る通りで、町籠(町牢)浄満じようまん寺末寺の正教しようきよう寺を擁する。上職人町と背中合せに、町牢の前から正教寺の前まで、明暦(一六五五―五八)頃には三武家屋敷があり、うち二は下屋敷で、一が知行取屋敷である。元禄(一六八八―一七〇四)頃には四屋敷で、すべて下屋敷となる。享保(一七一六―三六)末年から宝暦二年(一七五二)までには、北側の二屋敷が五屋敷に分けられて切米扶持取衆と小給人屋敷地となり、残りの二屋敷は下屋敷となる。文政期(一八一八―三〇)にはこの地域はさらに細分化され、給人一、切米取一七屋敷となった。また町牢の両隣に御掃除方の屋敷二がある。これらの武家屋敷街は新馬借町とは称さず、町牢は高麗門と称しているので、通り向いも含めて高麗門とよばれたと思われる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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