毛原村(読み)けはらむら

日本歴史地名大系 「毛原村」の解説

毛原村
けはらむら

[現在地名]山添村大字毛原

笠間かさま川流域、勝原かつはら村の南方に立地。東大寺領板蠅いたばえ杣に属した。康保三年(九六六)四月二日の伊賀国夏見郷刀禰等解案(東大寺文書)に「所謂板蠅杣者、是在笠間河西方、焼原杣者在笠間河東方、笠間河者是従南流北、其末出会名張河」とある。中世、「気原」(大乗院雑事記)には気原長門が拠り、当村西南方の城山に塁を構えたという(国民郷士記)

毛原村
けはらむら

[現在地名]大江町字毛原

内宮ないく村から熊坂くまさか峠を越え、東北方向に入り込んだ谷間の村。集落はほぼ南面する山麓斜面上に散在する。「丹哥府志」には西隣の仏性寺ぶつしようじ村の枝郷とされる。

慶長検地郷村帳に高八五・五八石「毛原村」とみえるが、延宝九年(一六八一)の延高で九五・五二二石となった(天和元年宮津領村高帳)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

今日のキーワード

発見学習

発見という行為の習得を目指す学習。または,発見という行為を通じて学習内容を習得することを目指す学習。発見学習への着想は多くの教育理論に認められるが,一般には,ジェローム・S.ブルーナーが『教育の過程』...

発見学習の用語解説を読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android