江崎礼二(読み)えざき れいじ

共同通信ニュース用語解説 「江崎礼二」の解説

江崎礼二

江戸末期の1845年、美濃国江崎村(現岐阜市)生まれ。74(明治7)年、浅草写真館を構え、明治天皇肖像写真撮影した内田九一うちだ・くいちと並ぶ人気写真師だった。84年に水雷の爆破演習を撮影、天体写真や夜間撮影にも成功し、「早撮りの江崎」として知られる。東京市会議員、浅草銀行頭取を務めた。65歳で死去

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「江崎礼二」の解説

江崎礼二 えざき-れいじ

1845-1909 幕末-明治時代写真家
弘化(こうか)2年3月3日生まれ。下岡蓮杖(れんじょう),のち上野彦馬にまなぶ。明治4年東京で写真館を開業。15年乾板を使用して隅田川での水雷の発火演習を撮影し,早撮りの江崎として知られる。天体写真や夜間撮影に成功した。明治42年6月7日死去。65歳。美濃(みの)(岐阜県)出身

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

朝日日本歴史人物事典 「江崎礼二」の解説

江崎礼二

没年:明治43(1910)
生年:弘化2(1845)
明治期の東京の写真師。旧来の湿式写真から,乾式の写真にいち早く転じ,早撮り写真で名声を博し,また写真館に来訪した客の幼児の写真を使って数百人の大コラージュ作品を作ったことなどでも知られている。

(平木収)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の江崎礼二の言及

【写真】より

…それが〈芸術〉であるか否かは問題ではなかった。日本でも江崎礼二が隅田川で行われた水雷爆破の瞬間を撮影(1883)して,〈早撮り〉写真の評判を高めたが,これも初見の写真が驚異として迎えられたからにちがいない。記録写真は記念や確認という目的とともに,こうした心的作用もその成立・発展の大きな要因を形成しているものと考えられる。…

※「江崎礼二」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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