改訂新版 世界大百科事典 「肖像写真」の意味・わかりやすい解説
肖像写真 (しょうぞうしゃしん)
人物像の写真,あるいは〈肖像〉の写真。みずからの〈肖像〉を画家に描かせそれを得ることは,長く人々(特に上流階級の人々)にとっての基本的な欲求の一つであったが,写真も,一つにはそのような手段,より手軽に〈肖像〉を得るための手段としてもともと発明されたものであった。ルネサンス時代に始まるステータス・シンボルとしての〈肖像〉が,一部王侯貴族のものであったのに対し,写真の出現はそれを一挙に,だれもが手軽にもつことができるものにしてしまった。だがそればかりではなく,写真がもつ対象の忠実な複製能力は,写された者に自分自身のリアルな姿を直視させることにもなり,それはステータス・シンボルとしての〈肖像〉とは異なった社会的な意味をもたらすものであった。つまり肖像写真によって普及した〈肖像〉は,写された人物が獲得した社会的なアイデンティティ(地位が高い等)よりも,その人自身が生まれながらにもつ個人的なアイデンティティをつねに指し示すものとして機能することとなるのである。いわゆる記念写真を中心とした家庭アルバムの出現は,このことをぬきにしては考えることができない。写真(特に初期の写真)は,何よりもこの肖像写真を中心にして発展していくが,その点で重要なのは,写真による〈肖像〉は絵画とは異なり,いくらでも複製可能であったことである。ネガ・ポジ方式による写真の大量複製は,ある〈肖像〉がだれかのものだけでしかないということから,人々のあいだの肖像写真の交換によってだれのものでもあるということをもたらした。つまり,一品製作であるダゲレオタイプ(ダゲール)による肖像写真がルネサンス以来の肖像画を大衆化したのに対して,ネガ・ポジ方式による肖像写真はそれまでの〈肖像〉とは基本的に異なる,ある種の社会化をもたらしたということができよう。
1854年にフランス人A.A.ディスデリDisdériによって特許がとられた〈名刺判写真(カルテ・ド・ビジットcarte de visit)〉は,レンズをたくさん取り付けたカメラによって1枚の原板に8枚,12枚等の写真を写しだすものであったが,これによってよりたくさんの肖像写真が安価に写されたことはもちろんのこと,このシステムを使って有名人の肖像を複写複製して売り出したことは,いままでにない側面を〈肖像〉にもたらした。今日いうところのブロマイド写真の始まりといえるだろう。肖像写真の写真史初期における展開は,写真を大衆に受け入れさせただけではなく,社会の中で機能するものとして確立させていく過程であった。しかし,のちに,それは雑誌などのマス・メディアと結びつくことによって,実像とはかけ離れたイメージをはんらんさせ,新たな社会的イリュージョンをも生み出すようにもなるのであった。
→写真 →肖像
執筆者:金子 隆一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報