河原士栗(読み)かわはら しりつ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「河原士栗」の解説

河原士栗 かわはら-しりつ

1827-1863* 幕末儒者
文政10年9月13日生まれ。播磨(はりま)(兵庫県)赤穂(あこう)藩士。坂井虎山らにまなび,藩校博文館の教授となる。産物総取締差配,勘定奉行などとなるが,実父村上真輔が暗殺された事件に連座して閉門追放の処分をうけ,文久2年12月18日自刃(じじん)。36歳。名は寛。通称は駱之助(らくのすけ)。号は翠城。編著に「忠芬義芳(ちゅうふんぎほう)詩巻」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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