河口浅間神社(読み)かわぐちせんげんじんじや

日本歴史地名大系 「河口浅間神社」の解説

河口浅間神社
かわぐちせんげんじんじや

[現在地名]河口湖町河口

河口集落のほぼ中央に鎮座する。御坂みさか山地を背負い、南面して河口湖越しに富士山に正対する。法人名は浅間神社。祭神は木花開耶姫命。天津彦彦火瓊瓊杵尊・大山祇命の両神を相殿するとの伝えもある(社記)。旧県社。

当社については「甲斐国志」をはじめとする諸書が、「三代実録」貞観七年(八六五)一二月九日条に、勅により甲斐国八代郡に建立され、官社に列したとある「浅間明神祠」に比定する。「甲斐国志」は河口の地が古くは八代郡に属したとして、鎮座の地を「郡家以南」とする「三代実録」の記事に符合することを根拠の第一とする。浅間明神建立の契機となった、前年貞観六年の富士山の噴火による溶岩の流れは、本栖もとすの両海を埋め、河口湖に及んだと記録される(同書同六年七月一七日条)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

中国のゴビ砂漠などの砂がジェット気流に乗って日本へ飛来したとみられる黄色の砂。西日本に多く,九州西岸では年間 10日ぐらい,東岸では2日ぐらい降る。大陸砂漠の砂嵐の盛んな春に多いが,まれに冬にも起る。...

黄砂の用語解説を読む